皆さんの親切を数えあげたらきりがないけれども、CNCFを通じてもう一つのモンゴルを実見できたことが、何よりも得難い体験であった。
モンゴルの総人口は約二百三十万人(1995)。その内の40%が十四歳以下の子供である。さらに、総人口の四分の一にあたる人々がウランバートルに住んでいるという。首都だとはいえ、小さなものである。例えば、ピースアベニューという名の大通りがあるのだが、さして広くもないこの一本の道がいわばウランバートルの本通りであり、この通りの両側に議会、ホテル、デパートなどが建ち並んでいる。あとは、この通りから枝分れしている、より細い通りがあるだけである。街の規模がこんなものだから、これだけの人口を吸収するために郊外のスラム化が進行する。さらに、産業もあまり発達していないこの国にあっては、大人の仕事もおぼつかない。四割にも及ぶ子供たちはどうなるのか。孤児が増える。マンホールの中に住む子供が急増する。夏は暑く、冬はマイナス四十度にまで気温が下ることもあるという、そんな苛酷な気候の中で。食べてゆくために、厳しい労働に就く子供たち。賃金を与えられないことだってあるという。そんな社会状況の悪化を改善してゆくだけのシステムと十分な財源が政府にはまだない。先進国からの公的支援も他の発展途上国に比べ立ち後れている。アネットが言ったように、「モンゴルは世界から孤立無縁」なのかもしれない。
オナーとアネットと一緒に街を歩いていた時、一人のマンホールチルドレンが近づいてきた。お腹を空かせている。二人はパンを一斤とCNCFの名刺を手渡した。住所はモンゴル語でも記入されているから、それを頼りに子供たちがやってくるという。実際に、汗と埃で汚れきった子供たちが、ふらふらと事務所にやってくるのをよく目にした。子供たちの安堵した顔を見ると、痛ましくもあり、喜ばしくもあった。
宿のない子供たちが「お母さん」たちと暮らしているゲル村にも行った。
ゲルの設立、日々の食糧支給、安全管理、「お母さん」たちへの衛生教育。何から何まで手作りのプロジェクトだが、子供たちの笑顔がその苦労の成果を表していた。
ゲル村の子供たちを見ながら、ふと、草原で出逢った遊牧民の子供たちが頭によぎった。あれもモンゴル。これもモンゴル。
その他にも様々なことを実見したのだが、一番印象的で胸を打ったのは、ウェンディーが話してくれたこんな話である。
厳寒のとある冬の日、駅でポーター兼物売りをしていた少年が客にチップをもらえず苦情を言った。客は激怒し少年を貨車に放りこみ、施錠した。一晩中貨車に閉じ込められた少年の両足は凍傷。そして切断。四年にわたり道端で物乞いをしていたのだが、CNCFに保護される。その後、寄付金により義足をプレゼントされた。
その時の喜びに満ち溢れた彼の笑顔が、厳寒の冬に事務所を開設し、スタッフと共にいくつものプロジェクトを立ち上げてきたことへの大きな見返りだったと、ウェンディーは涙して語ってくれた。危ないのはどこにいても同じだと思えば、どこでも、何でも出来る。そんなウェンディーの言葉に勇気づけられた。
CNCFの全ての活動の資金は寄付金によるものである。そして労働は全てボランティアである。頭が上がらない。自転車旅行という個人的な夢の途上にいる自分自身のことも含め、色々と考えさせられた。
Mongolia
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