-  Mongolia -


          

  何かがおかしい。
 遠く右手に鉄道が見え、ワダッチもそれなりに太いのだから、この道で間違いはないのだろうが、コンパスの針が若干、東によっている。気のせいだとするのか、「間違いワダッチ」だと断定するのか。嫌なところを針がウロウロしている。
  あるいは、丘が点在していることを考慮すれば、それらを迂回しているだけなのかもしれない。まあ、鉄道が見えている限りは大丈夫。心配はしない。
  向い風が強い。休んだ次の日は大抵こんな感じ。人生甘くはない。
  でも、パンクはいやだ。気分が急落する。向い風がさらに強く感じられ、「間違いワダッチ」の疑念も益々強くなる。パンクをすると、何事にもネガティブになってしまう。だめだ、だめだ。
  ふんどしを締めなおして漕いでいるのだが、今やコンパスの針はほとんど東を指している。理屈の上では北西を指していなければならないのだが、これでは百三十五度もずれていることになる。こうなったら、「丘迂回説」および「鉄道絶対論」を固執するしかない。まともなワダッチはこれしかないのだし、そう信じる他はない。
  それにしても、この状態が長く続き過ぎる。あれよあれよというまに、もう夕刻。そして、気がつけば、目の前に街が見えてくる。街に隣接する煙突付工場もあるが、あれは発電所か何かだろうか。街を歩く人たちの顔にも蔭りがあるようにみえるが、気のせいだろうか。爆音を鳴らしながら街を凱旋しているオートバイ。ゲルの世界から迷い出てきた僕の目には、全てが暗く陰鬱なものに映ってくる。
 それにしても、ここはどこだろう。地図を広げて想像に耽けっていると、二人の少年が馬に乗ってやってきた。ナイキの帽子をかぶっている。そんな彼らが大変なことを教えてくれる。
 つまり、ここは鉄道の本線からひょろひょろと分かれ出た支線の終着駅であり、ウランバートルとは全く別方向。ウランバートルへゆくには今きた道を四十キロ程引き返し、本線まで戻るしかない。
 愕然となる。やはりコンパスが正しかったのだ。フェイク鉄道を信じていた自分がバカだったんだ。それにしても線路を跨いだ記憶はないのだから、どこで本線から外れたというのだろうか。いずれにせよ、あんなデコボコの、焼ける大地を逆戻りする気など、さらさらない。ここからだってウランバートルへ行けるだろう。ワダッチはどこにでもあるんだ。
 が、ナイキ帽たちは、それは無理だ、無理だと言ってケラケラ笑っている。逆戻りするしか手はないんだと言い張る。それよりも、もうここで休んでいけよ、あそこに女がいるだろう(と、ロシア人らしいおばさんを指さす)、ああいう女の家に泊まらせてもらってセックスでもさせてもらえよ。手でオッパイの形を作りながら、腰を振りふりそんなことをいう。ちょっとおいでと言うので尾いてゆくと、馬上からアパートに住む女に何かを頼み込み始める。
 もう嫌だ。こんなモンゴル少年の姿は見たくない。こんな街は懲りごりだ。疲れ果てているが、もう少し進んで、そこで野営しよう。彼らは無理だというが、とにかく方角を戻しながら前進しよう。逆戻りはしない。

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