と、いきなりタイヤが砂にめりこむ。
何ですかこれは、本物の砂じゃないですか。今日はやけに深いな。ワダッチ(轍のこと)もここで途切れていて、前にも左右にもそれらしきものは見えない。中景にクッキリと大きな砂山が見えるだけである。嫌なムード。
ま、ここまでそれなりのワダッチを辿って来たのだから大丈夫だろう。こんな砂なんか、じきに消えますよ。ただの冷やかし。
それにしてもペダリング出来ないのはつらい。車輪どころか自分も含め自転車全体が完全に砂にスタックした感じ。
押すしかないが、この砂の深さです。この荷物の重さです。一分も押したらヘトヘト。考えてもごらんなさい、幼稚園の砂場を、五十キロ(?)もの荷物を付けた自転車を押しながら歩くことを。そんなバカなことを誰がするもんですか!一分押したら、二分は休む。それでも疲労困憊。
ちょい待てよ、もしかしたら左右どちらかにワダッチがあるかもしれン。自転車を置いて、あたりをウロチョロ見て回るが、砂以外は何もありません。やさしゅうして!
仕方がない。歩きましょう。前に進みましょう。
無茶苦茶、暑い。汗が肌に現われているということは、乾燥が発汗に追い付いていないということだろう。水はどんどん飲む。それでも足りない。ペダリングすることと押して歩くことの運動量の違い。自転車は漕いでなんぼのもんなんや。車輪は回転してなんぼのもんなんや!
キリリと冷えたジントニックが無性に飲みたい。
いったい、いつまで続くねン!このままこれが続いたらどないすんねン。ヤバイなあ。
がむしゃらに、ボロボロになって歩いているときに限って、様々なことが頭の中を駆け巡るものだ。砂漠をゆくアラブの隊商の頭に巻かれた白いターバン。染みひとつ、ついてない。リアカーマン、永瀬忠志さんは偉かった。リアカー引っ張ってよくもサハラ砂漠を横断出来たものだ。工事現場の砂の山。スコップでサクサクと削り取り、セメントと混ぜる。それを「カラモル」と呼ぶ。安部公房の『砂の女』。主人公の男が砂浜に採りにきた虫は、あれは何だったっけ・・・・・
どれくらい押しているのだろう。一時間?二時間?いや、もっと? 時間というものが完全に砂に飲みこまれてしまっている。カサカサという音をたてながら。自分が砂の中を漂っているという事実と実感だけが、この砂の世界の中で唯一明確なことなのだ。
いつかはワダッチがやってくるという希望も、もはやカゲロウのようにはかなく小さくなってきたその時、突然、砂が消えた。
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