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- Pedal Power to Ireland - |
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母親が新聞を指差して言った。「こんなひと、いるみたいやデ」
ユーラシア大陸自転車の旅。神大生。田渕鉄平君。モスクワー天津間、シベリア、モンゴル経由で昨日帰国。 何故、それまでこのコースを考えなかったのだろう。長年思いを馳せていたモンゴルを通ってのコースなのに。理由は簡単だ。ロシアを走れるなんて考えもしなかったのだ。それが可能だというのなら、これしかない。モンゴルを通ってアイルランドへ行けるのだ。数週間後、鉄平君に電話をかけ、早速会うこととなる。 神戸の高架下の韓国料理店『オモニ』にて、キムチを食べながら鉄平君と話す。鉄平君は北半球を三回に分けて漕いだという。一回目は、アメリカを西から東へ。次にロンドンーモスクワ間を東欧経由で、そして今回モスクワー天津。 「シベリアは長くきついし、モンゴルはひたすらオフロードでたまりませんけど、結構いけますョ」と経験者は軽々と言ってのけるけれども、こちらは海外走行についてはズブの素人。おまけに、普通の海外旅行としても、ヨーロッパしか行ったことがないのだ。 しかし、しかしだ。鉄平君の説得力のある言葉と眼差しは、キムチパワーと相まって、黒いユーラシア大陸に一条の光を描いてくれた。以後鉄平君とは飲み会、小自転車旅行を重ね、深く濃い間柄となる。道中の道路状況や、地図の入手方法などの細かい情報を教えてもらいながら。そして、彼がモンゴル、シベリア道中お世話になった人たちをたずねながら、彼の夢と自分の夢を重ね合わせていくという、「二人の夢」も出来あがった。全く何もかもわからない未知の道を漕ぐという楽しみは少なくなったが、ルート上に友人の友人がいて、その人たちを自転車で訪れていくという楽しみのことを思うと出発前から無上にうれしくなった。ペダルでつなぐユーラシア大陸友達の輪。当計画を文字どおり親身になって心配していた両親も少しは安心したようだった。 [大津先生] --------この時点で予定出発日の三週間前。もうどうしようもない。打てるだけの手は打った。ロシアは走れないだろうから、土壇場での進路変更となるのか。こんなとき、最後の切札であった鉄平の恩師、大津先生に会わていただく。大津先生のお蔭で鉄平もロシアを走れたというほど、この筋に力がある方らしい。(とはいえ、鉄平はロシア以前にも世界を走っており、その実績を鑑みての招待状・ビザ発行だったのだが・・・) 「またそんな話ですか。困りますねえ」大津先生は呆れ顔だったけれども、「まあ、当ってみましょう」とニッコリ笑った。 数か月前に招待状発行のお願いをしたときは足下に断ってきたロシア専門旅行会社JICは、大津先生の鶴の一声で態度を軟化。積極的に協力をしてくれる。ロシア国内の関係団体に招待状作成を要請。三日後にはスポーツ文化交流という名のもとに招待状を入手。その四日後にビザも入手という早業だった。四万円もの手数料をロシアの現地団体に払ったものの、今までの苦労を考えると安いもの。とにかくロシアを走れるのだ。スタート出来るのだ。大津先生、そして先生を紹介してくれた鉄平には頭が上がらない。 |
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